酒は脳を麻痺させる小便

断酒

アルコールは、人間の脳を麻痺させる。そして小便等になって排出される。ただそれだけだ。

ただそれだけのことに、人類は有史以前から踊らされている。

我々個々人を個々人たらしめているものは、大脳だと思う。例えば近い将来、医療が進歩して倫理が退化すれば脳移植が可能になるだろう。それも、大脳だけの移植だってできるようになるかもしれない。

大脳が取り除かれたBさんの体に、Aさんの大脳が移植された場合、外見はBさんで、脳幹も小脳もBさんのものだとしても、もうその人をBさんとは呼べない。Bさんは大脳を取り除かれた時点で自分を失っており、自分を自分だと認識できるのはBさんの頭に移植されたAさんの大脳だけだ。したがって、外見がBさんである、Aさんがそこに存在することになる。

我々は、大脳のそのまた更に小さい領域が、自分を自分たらしめていることを知っている。そして、脳死判定ののち、臓器移植が行われるところを見ると、 この社会も同様の価値観を持っていると思われる。

話を戻すと、アルコールは、我々を我々たらしめているこの大脳を麻痺させる小便であった。
そんなものを摂取して、脳を麻痺させて、いったい何の話をするのか。
大脳が取り除かれたBさんみたいなのが、寄ってたかって何をするというのか。
そこにいるのは誰なのか。本当にそこには個々人が存在しているのだろうか。

あなたの断酒、応援します 無理せず我慢しない。一生続く断酒法を対話を通してお伝えします

ほろ酔い、爽快、開放的

脳が麻痺した状態に、ほろ酔いなどという謎の言葉をあてがって、爽快だ、解放的だと表現する。本当に気が知れない。
いや、もしかしたら、人は、酒に対して、そのように擁護してしまう習性があるのかもしれない。

なぜなら、人類は酒に有史以前から踊らされて来たのだから。
酒は、人類にとって、本当に特殊な存在なのだ。

だからといって、酒に対し、無条件に白旗を上げる必要はない。
人類が酒に踊らされているとしても、個々人は個別に酒と対決することができる。

酒がいったいどういうものなのか理解し、心の底から酒が小便以下の飲み物であることを理解できれば、断酒は簡単にできるのだ。

酒に踊らされている人間の言葉は聞かなくていい。
酒を我慢してやめている人の言葉や、酒を飲めない人の言葉も聞いてはいけない。

人類は基本、酒に踊らされていると考えるべきだ。
酒を我慢してやめている人や、酒をもともと飲めない人の酒に対する否定的な言葉も、
酒に踊らされている人間から発せられた、酒に汚れた言葉でしかない。
拗れている分、断酒を目指す人にとっては、酒を好んでいる人の言葉よりも更に有害である。

断酒を志す人間にとっては、酒に対する真の理解の妨げになるだけだ。聞く耳を持ってはいけない。

そして、既に断酒を志しているのであれば、誰とも酒についての議論をしてはいけない。
人類は、有史以前からずっと、酒に踊らされているのだ。誰と酒の話をしても、全人類を敵に回すようなものだ。
個々人に勝ち目はなく、いくら頑張ってみても、いずれは負けてしまう戦だ。

個々人は、個別に酒と対決するしかない。
あくまで、あなた個人が、目の前の一杯の酒と対峙していくのだ。
そうであれば、勝ち目が出てくる。
必ず酒が小便以下の飲み物であると、確信をもって言えるようになる。
その時、あなたは、あなた自身の人生を歩みだすことができるのだ。

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