宗教法人 お酒教

断酒

お酒という宗教

我々は皆、生まれ出た時、この世界には既に親がいて、先祖がいて、文化があり、宗教がある。生まれる前に、自ら誰の子どもになるかを決めたという人もいるらしいが、凡人には選択の余地はない。きっと誰だって、出たとこ勝負の人生だ。

生まれ出てみたこの世界の先輩達は皆、お酒という宗教を熱心に信仰している。酒の持つ脳を麻痺させ、精神的にも身体的にも依存を形成する作用を、大業な飾り言葉で褒め讃える。こんな世界に生まれでたのだから、我々は黙っていてもお酒教の信者になる道しかない。

もちろん酒自体は何も語らない。語るのは先輩であるお酒教の信者たちだ。先輩信者たちは、あの手この手で酒を褒め讃える。それを見聞きし、洗脳されてきた後輩の信者予備軍は、先輩の勧めに応じて、(もしくは自ら望んで)はじめの一杯を飲み干し、見事自分もお酒教の信者になれたと喜ぶ。この繰り返しが、有史以前より途切れることなく脈々と受け継がれてきた。お酒教は、人類始まって以来の大宗教といえる。

あなたが断酒をするということは、この由緒正しき宗教を捨て、あやしい新興宗教断酒教に改宗するということだ。一筋縄ではいかないことは誰もが想像できよう。普通では出来っこない。そんなことをすれば、みんなから白い目で見られ、村八分。そんなことを考えることすら出来ないのが通常である。たとえお酒が一滴も飲めない人だって、お酒教から離れる人はいない。なんなら、お酒を飲めない自分は人生の半分を損しているといって憚らない人までいる。そうまでしてでもしがみつく、価値のある宗教だと皆、本能的に理解しているのだ。

あなたの断酒、応援します 無理せず我慢しない。一生続く断酒法を対話を通してお伝えします

あなたも私も、元々は皆と同じようにお酒教の善良な信徒であった。しかし、一生懸命宗教活動を行った結果、なぜかお酒の問題を抱えるに至った。もはや今のあなたは、熱心に活動をすればするほど、お酒の問題が大きくなり、自分の手には負えなくなってしまっている。

そして、このお酒教の教えは、何か間違っているんじゃないかと、少し疑問を持ち始めているかもしれない。

いや、熱心な信者であるあなたなら、お酒教が悪いのではなく、自分が悪いのではないかと、自らを責めているかもしれない。そして、自分さえ変われば、また昔のように宗教活動に没頭できるのにと、どうすれば元の活動家に戻れるのかと手当たり次第、思案しているところかもしれない。

そう、改宗だなんて思いもつかない。たとえ思いついたところで、そんなのはダメに決まっている。だいたいお酒のない人生なんて、つまらない。お酒を飲まない人間は魅力がない。あの偉い人だって、この尊敬すべき人だってみんなお酒教の信者だ。そして、昔小耳に挟んだあのあやしい新興宗教断酒教なんていうもんは、ろくなもんじゃないに決まっている。そんなところに行く奴は、ダメ人間だ。そんなところに行くぐらいなら、酒を飲んで死んだ方がましだ。自分はまだまだこのお酒教の教理のなかで、上手くやれるはずなんだ。今はちょっとスランプなだけ。ちょっと何かのコツをつかめさえすれば、すぐ元どおりの活動家に戻れるはずだ。頼むから、お酒様のことを悪く言わないでくれよ。俺が共犯だってバレたら俺まで白い目で見られるんだから。あっち行けよ。

あなたの気持ちはよく分かる。私も全く同じ気持ちだった。だから、あえて言おうと思う。お酒教はあなたの人生をダメにしている主犯だ。

いや、お酒のお陰で人生が上手くいってる部分だってあるんだ。ただ少し飲みすぎてしまうことがあって、プラスマイナスゼロになってるけどね。

そうだとしたら尚更、あなたはお酒を飲まなければ、もっと輝かしい、あなたらしい人生を歩んでいたはずだ。それが、お酒のせいで、そんなチンケな人生になってしまっている。本当にもったいないことだ。

誰だって、自分の宗教を信じたいと思っている。信教の自由は尊重されるべきだ。でも、もしも、自分の信じている宗教によって、自分が苦しんでいるようなら、改宗を考えてみてもいいんじゃないかと思う。そして、新興宗教断酒教に改宗したら、きっぱりとお酒教とは縁を切るべきだ。

新興宗教といったけれど、仏教だって、キリスト教だって、イスラム教だって、元々は新興宗教なんだ。恐れることはない。今はむしろお酒をやめやすくなっている。手に入りやすくもなっているが、、、

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